ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群

  1985年登録 / 複合遺産

カッパドキアとは小アジア(現在のトルコ共和国に相当する地域)の東部高原地帯の古代地名。
トルコ中央、アナトリア高原の東南部に位置し、南はタウロス山脈、西はトゥズ湖、東はユーフラテス川上流部が境。
カッパドキアの歴史は大変古く、新石器時代から始まり、ヒッタイト、ペルシャ、ヘレニズム、古代ローマ、ビザンチン、セルジューク、オスマン帝国など、それぞれの時代で常に重要な地であった。

カッパドキアは、後期青銅器時代にハットゥシャを拠点にしたヒッタイト軍の本拠地となっており、古くから歴史的な土地であった。

しかし、カッパドキアを有名にしたのは、初期キリスト教にまつわる重要な拠点として認識されるようになったためだ。

3世紀半ば、ローマ帝国による宗教弾圧を逃れるためにキリスト教がローマの目が届きにくいこの地へやって来た。 4世紀頃からキリスト教の修道士が身を隠すように洞穴の中で生活を始め、岩山をくり抜いて無数の修道院や教会堂を築いていった。 8世紀にはイスラム教徒の迫害を逃れるため、地下都市や岩窟の中で隠れ住むようになる。 ギョレメには約30の岩窟教会があり、カッパドキアで確認されたものだけで36の地下都市が存在する。

1965年に発見されたカイマクル地下都市は、地下8階、深さ65mに及び、この地下都市には1万5000人が暮らしていたという。

住居以外にも、家畜部屋、地下1階のワイン製造所や地下2階の食堂といった部屋もあり、地下5階を繋ぐ通路には、1トンもの大きな石の円盤が備え付けられ、円盤を転がして通路を閉じる仕掛けになっている。これは外敵が侵入てきた際に通路を遮断するためのものだ。 そして、最下層の空間は十字の形に掘られた教会がある。

10〜12世紀には優れた壁画が描かれ、文化的な最盛期を迎える。洞窟教会には、光が差し込まないため、当時のフレスコ画がそのまま残っており、当時の色は鮮明。これらは、フレスコ画が主流であったヨーロッパでも見ることが出来ないほどの、大変保存状態が良いものだ。特に、ギョレメ野外博物館にあるカランルク・キリセ(暗闇の教会 11世紀)の壁面に描かれたフレスコ画は大変素晴らしい。