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ザルツブルク市街の歴史地区

  1996年登録 / 文化遺産

ザルツブルクはウィーンの南西、ザルツァハ川の両岸にまたがり、ドイツ語の塩「ザルツ」と城「ブルク」に由来する。その名が示すように、ザルツブルク近郊は岩塩の産地であったため、ザルツブルクは塩の集積地として発展。 その昔塩は金と同じくらい貴重なものであった。

古代ローマ時代には交易で栄え、800年ごろに大司教座がおかれ、11世紀には要塞が築かれた。ザルツブルク市街地を見下ろすようにラインベルクの丘の上にたつのが中世の巨大な城塞、ホーエンザルツブルク城。1077年に建設がはじめられ、1681年に完成。 ホーエンザルツブルク城にはオルガンの間、儀式の間、拷問部屋、中世の武器を集めた博物館などがあり、観光客に人気がある。

しかし、1914年、オーストリア帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公がサラエボでセルビア人によって暗殺。このサラエボ事件がきっかけとなり、第1次世界大戦が勃発し、敗戦の結果に終わる。これによってハプスブルク家の支配が終わりを遂げたのである。

ザルツブルクは作曲家モーツァルトの生誕の地として、名画 サウンドオブミュージックの舞台としても知られる。

ザルツブルクの魅力は美しい町並みと歴史的な建造物にあり、17世紀イタリア・ルネサンス様式の大聖堂など歴史的建造物が多く残る。 高等教育機関にはザルツブルク大学(1622)、ザルツブルク音楽演劇大学(1914)がある。

ハプスブルク王朝の帝都であったウィーンの旧市街には様々な時代に立てられた様々な建築様式の建造物群が現存し、その中でも最も重要とされるバロック建築による歴史的建築、美術館や博物館など、見所が多い。特に、ミラベル宮殿と庭園は人気が高い。 また、近代以降のウィーンではモーツァルト、ベートーヴェンをはじめ、多くの作曲家が活躍し、現在では毎年8月にザルツブルク国際音楽祭が開催され、「音楽の都」とも呼ばれ、人々を魅了する。

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