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ヴェルサイユの宮殿と庭園

  1979年登録 / 文化遺産

パリの西南約20kmに位置する宮殿。1682年から1789年10月までフランス王国の宮廷だった。宮殿建築と内部の装飾、家具調度品、造園など、全体が最高水準の芸術作品であり、その豪華さはフランス絶対王政の象徴的建造物とも言われる。

1624年、ルイ13世の狩猟の館として建てられたのが始まり。 元々、ルーヴル宮殿を居城としていたが、ルイ14世がヴェルサイユを気にいったため増築を行い、宮殿へと姿を変えた。そして、宮廷全体をヴェルサイユに移転。

宮殿本館の両翼は400mをこえる規模をもち、庭園の中心となる「運河」と通称される池の長さは1600m。その先にある「王の星」の広場と宮殿の距離は3kmにもおよび、工事の最盛期には4万人近い職人と6000頭の馬が使用された。
ちなみに、宮殿よりも噴水庭園の方が建設にかかった労力は上であり、宮殿建設の25,000人に対し、36,000人が投入されている。
礼拝堂(1710年完成)、オペラ劇場(1770年)などの完成はルイ14世の晩年、もしくは死後に持ち越されたが、1682年に宮廷は正式にベルサイユに移転した。宮殿の中で生活した者は王族をはじめとして5000人にのぼったという。

ベルサイユ宮殿は1789年5月の全国三部会の舞台となり、フランス革命のきっかけとなった。同年10月5日、食糧の不足に憤慨したパリの民衆は王宮におしかけて宮廷のパリ帰還を要求。翌日、王家はルーブル宮殿に連れ戻された。

フランス革命後、ベルサイユは王宮になることなく1837年、国王ルイ・フィリップの命により、国立博物館になった。
また、ウィーンのシェーンブルン宮殿、日本の赤坂離宮など、各国の宮殿建築の手本とされたことでも知られる。