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クラック・デ・シュバリエ

  2006年登録 / 文化遺産

十字軍時代、ヨーロッパからエルサレムまでの道中であるシリアにはいくつかの城が築かれたが、クラック・デ・シュヴァリエ(Crac des Chevaliers)はその中で最も保存状態が良い代表的な城。

元々は1031年にイスラム教徒でアレッポの領主ホムス王によって築かれた砦だが、1099年の第1回十字軍によって落とされた後、ヨハネ騎士団の管理下に置かれた。その後大幅な改築を行い、外壁の厚さは30m、壁厚が8〜10mもの守備塔を7つ配置。難攻不落の城砦となる。750mの丘の上に築かれており、イスラムの英雄サラディンの包囲にも耐えた。

十字軍時代は聖ヨハネ騎士団の本拠としても使用され、城には50〜60人の騎士と2000人の歩兵が常駐していたと言われる。しかし1271年、イスラム勢力によって陥落。その後、城内の礼拝堂はモスクに変えられ、十字軍との最後の戦いの際にも前線基地として使用された。

また、この城は宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』のモデルになっているとも言われているが、残念ながら確証はない。