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グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区

  1984年登録 / 文化遺産

グラナダは、スペイン南部、アンダルシア州 グラナダ県の県都。かつてはイベリア半島最後のイスラム王朝である、ナスル朝グラナダ王国の都であった。

グラナダはその一帯を紀元前3世紀、北アフリカで勢力を伸ばしていたフェニキア人の国カルタゴがその支配下に置く。ちなみにグラナダとはスペイン語でザクロという意味であるが、ザクロはフェニキア人によってもたらされたと考えられている。
その後ローマ帝国がカルタゴを滅ぼし、ローマ人の支配が確立。
711年、ジブラルタル海峡を越えてイベリア半島へ渡ってきたモーロ人(ムーア人)がこの地を占領していく。以後約800年間、イベリア半島はイスラム勢力の支配を受け、イスラム文化と芸術の発展をとげていったわけである。
その代表的なイスラム建築がアルハンブラ宮殿である。

レコンキスタ(国土回復運動)によって、1236年、西イスラム世界の中心となっていたコルドバがキリスト教徒によって奪還されると、コルドバを追われたイスラム教徒がグラナダに集まり、グラナダ王国を樹立。
グラナダがイスラム王国の首都として、又、ヨーロッパにおけるイスラムの政治・軍事・文化の拠点として栄えていった13世紀初頭、イスラム世界のみならず世界的にも最も美しい建築の一つと言われているアルハンブラ宮殿の建設が始まる。
アルハンブラ宮殿はイスラム建築の傑作であり、「獅子の中庭」は特に有名。12頭の石でできた獅子が中央の噴水に並べられ、さらに周囲を細い大理石の柱に支えられた回廊が縦横に走り、124本もある柱の全てに装飾がほどこされている。
また、偶像崇拝を禁じるイスラムならではの自然をモチーフにした幾何学模様、内装鍾乳洞を思わせる天井装飾や独特なタイルなどの豪華さに目を奪われる。

そしてムハンマド3世(1302年-1309年)の時代に夏の別荘として、アルハンブラ宮殿の北側にヘネラリーフェを建設。

アルバイシンは、アルハンブラ宮殿の西側にある丘陵地帯に位置し、グラナダでもっとも古い地区とされる。元々はイスラム教徒のための居住区で、道は狭く入り組んでおり、白壁の家と石畳など典型的なアラブ人の街づくりであることがよくわかる。街並みは増改築に厳しい制限があるため、家の中の構造はほぼ当時のままの姿であり、地形を最大限に活用するため細い階段を多用。

グラナダ王国はイベリア半島におけるイスラム勢力の最後の砦となったわけであるが、1492年1月2日、スペイン軍はアルハンブラ宮殿に侵攻、そしてグラナダ最後の王は、血を流すことなく無条件に降伏し、アルハンブラはキリスト教徒によって陥落。250年以上に渡るイベリア半島のイスラム支配の時代に終止符を打つ。
これによってレコンキスタは完了し、イスラム教徒はヨーロッパから去り、スペイン統一がなされた。