歴史的城塞都市カルカソンヌ

  1997年登録 / 文化遺産

フランス南部の都市カルカッソンヌは2つの対照的な地域からなり、市の経済活動が集中する新市街ビル・バスと、古代ローマ時代から発達した中世の城壁に囲まれた旧市街のシテである。
街の名前となっているカルカッソンヌは、カール大帝がこの都市の攻略をあきらめ退散した際に、当時街を治めていた女性カルカス (Carcas) が勝利の鐘を鳴らした (sonner) ことに由来する。

シテはヨーロッパに現存する最大の城塞都市で、外壁の周囲は約1kmに及ぶ。
シテに残る城壁や櫓の一部は5世紀の西ゴート族の襲撃に備えて建造されたものだ。ここには12世紀に建設された城館や、ロマネスク様式とゴシック様式が結合したサンナゼール教会(11〜14世紀)がある。

かつてシテにはローマ帝国の町があった。しかし、5世紀に西ゴート族に占領され、8世紀にはフランク王国の支配下となる。その後トゥールーズ伯の支配下で繁栄したが、13世紀に南フランスのアルビジョワ派を討伐するためアルビジョア十字軍がトゥールーズ伯領に進攻。

カルカッソンヌはアルビジョア十字軍の部将シモン・ド・モンフォールに占領され、多くの住民が虐殺された。

シテの奪回を計るトゥールーズ伯派の最後の企てが鎮圧されたのは1240年のことである。同年、ルイ9世によってビル・バスが建設され、1247年にフランス王家の所領となった。

17世紀にルーシヨン地方がフランス領となるとシテの前線の要塞としての重要度は低下し、町は荒廃と化したが、19世紀、建築家ビオレ・ル・デュクによってシテの修復が開始され現在に至っている。