テトゥアン旧市街(旧名ティタウィン)

  1997年登録 / 文化遺産

タンジェの南東約50キロ、アフリカとヨーロッパを隔てるジブラルタル海峡から60キロほど内陸部に位置する山岳都市。
その地理的理由により、テトゥアンは二つの大陸の文化が交じり合う独特の町の雰囲気を持つ。

14世紀、スペインの侵攻により壊滅的な打撃を受けたが、1492年、イベリア半島のイスラム最後の拠点でったグラナダがレコンキスタによって陥落し、ムーア人(主にベルベル人を指す)がこの地に逃れてきたことによって、町は再建、活気付いてきた。ムーア人は、元々アフリカから渡ったイスラム教徒で、テトゥアンの町づくりはこの時に始まっている。16世紀には更にムーア人が移住してきて、城砦も建設され現在の町の原型が出来上がる。

移住してきたムーア人は、テトゥアンの街に「スペイン・ムーア様式」と呼ばれる、スペイン様式にイスラム文化を取り入れた建物を多く作った。こうして、スペインの中世アンダルシア地方に発展したムーア人建築の影響を受け、テトゥアンでアラブの色合いが加わっていった。
旧市街の古い家の扉には、先祖の出身がどこであるか分かるようなマークがついているのも興味深い。

旧市街はは比較的小規模だが、ところ狭しと露店が並んでいて活気がある。エル・ルーア門の先にはハッサン2世広場、エル・オクラ門の近くには白亜の歴史的建造物があり、大勢の人で賑わい、テトゥアンの考古学博物館には、カルタゴ、古代ローマ、イスラムの美術品や考古遺物が集められている。

モロッコは20世紀、国土の大半がフランス領であったが、テトゥアンの町は独立するまでスペイン領だったため、ハッサン211世広場を境とする新市街は完全にスペイン風の町並みになっている。